死について
先程チュー太郎の供養が終わりました。
死に直面して思ったことを綴りたいと思います。
死が悲しいということは理屈ではわかっていたけれど、大切なペットの死を体験するとやはり違う。
さっきまで生きていたのに死んだという事実がまだ受け止め切れない。
今すぐ掘り起こして撫でてやりたい気持ちがすごく強い。
新しいハムスターを今すぐに飼ってこの喪失感を埋めたい気持ちがすごく強い。
ニュースで車による事後が数多く取り上げられていて、家族を亡くしてしまった人の悲しみはこれよりもすごいのだろうと考えると耐えられるものではないなと思う。
憎しみも悲しみも抑えきれないのだと心から思う。
死んだ者より残された者のほうがつらい。
これは心理であり真理だ。
でも時が経てばやがて受け止められるようになると思う。
ほんとうのことを言えば俺はいつ死んでもかまわないと思ってる。
もちろん本能では嫌がると思うけど理性的にはぜんっぜん構わない。
でも残される人のことを考えると自殺をするのは理性的にも間違っていると思う。
すごく自分勝手だと思うし、すごい迷惑だ。
本人の抱えているものがどれほど苦しいものであっても死んではいけないと思う。
死ぬぐらいならすべてを投げ出してニートになっていた方がまだマシだ。
こうして書いていると死ぬのって案外簡単なんだなぁと思える、生きていくことのほうが難しい。
なんか取り留めない感じで書いちまった。
何が書きたいのかよくわからなくなってきたけど、大切なことをチュー太郎を通じて得られたと思う。
安らかに、チュー太郎。